沖縄放浪日記: 戦跡

この記事をシェアする

ラベル 戦跡 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 戦跡 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年10月15日日曜日

かつて豊見城市伊良波にあった収容所跡と区内に点在する拝所☆

ハイサぁ~イ⭐

この前、那覇市小禄にある『小禄グスク跡(森口公園)』『小禄ノ嶽』、そして区内に点在する"拝所群"を見学した後、次に向かったのは豊見城市内にある史跡です。

まず最初に向かったのは、かつて沖縄戦の際に豊見城市伊良波に設置されていたという"捕虜収容所"跡。。。

現在、"収容所"があった一帯は、住宅地や畑になっており、遺構などは残されていませんが、その付近には"井戸跡"等の"拝所"も点在しているんですよ。

沖縄県豊見城市伊良波にある

『伊良波収容所跡と拝所群』

伊良波収容所跡の写真
かつて沖縄戦の際にこの一帯に捕虜収容所が設けられていたんだそうです。。。

2017年7月19日水曜日

沖縄県庁最後の地と言われる避難壕として利用された糸満市伊敷の壕☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回にご紹介した糸満市大里にある『沖縄兵站慰霊之碑』を後にし、次に向かったのは同市山城の『平和創造之森公園』内にある"ガマ"だったんですが、現在、こちらは見学や入壕には事前に連絡して許可が必要とのこと。。。

以前は自由に見学することが出来ていたようなんですけど、現在は、管理事務所に連絡しないと見学出来なくなってしまったようなんです。。。

・・・なので、今回は断念してまた改めて訪れることにし、この日最後の目的地である糸満市伊敷にある"ガマ"へ向かいました。

沖縄県糸満市伊敷にある

『轟壕(トゥドゥルチガマ)

轟壕(カーブヤーガマ)の写真
入口の前から見た『轟壕』。木々が生い茂ってこの場所からだと全体が見渡せなかったですね。

2017年7月15日土曜日

沖縄兵站会が1971年に建立した糸満市大里の県道7号線沿いにある慰霊碑☆

ハイサぁ~イ⭐

今月(7月)の6日も、糸満市方面へちょこっと出かけてきました。

んで、目的地へ向かう途中、同市大里の県道沿いに石碑が建立されているのを見かけたので、クルマを路肩に停め、石碑の前に行ってみると、旧日本軍のいくつかの部隊の戦没者が合祀された慰霊碑でした。

沖縄県糸満市大里にある

『沖縄兵站慰霊之碑』

沖縄兵站慰霊之碑の写真
糸満市大里の県道7号線沿いに建立されている『沖縄兵站慰霊之碑』

2017年7月3日月曜日

沖縄戦の際に住民が避難していた山城集落の東側に位置するガマ☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回にご紹介した糸満市伊原にある『伊原第一外科壕跡』を見学した後、次に向かったのは同じ伊原区内にある壕跡です。

こちらは、沖縄戦末期に撤退してきた陸軍病院の本部勤務者が傷病兵の治療にあたっていた壕で、『ひめゆり学徒隊』もこちらに配置されていたんだそうです。

沖縄県糸満市伊原にある

『沖縄陸軍病院本部壕跡』

沖縄陸軍病院本部壕跡(サキアブ)の写真
壕の入口前に立てられている『沖縄陸軍病院本部壕跡』の石碑

2017年7月1日土曜日

沖縄陸軍病院職員やひめゆり学徒らが避難していた糸満市伊原にある壕☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回にご紹介した糸満市宇江城にある『宇江城グスク』を後にし、次に向かったのは、同市井原の畑の真ん中に位置する自然壕。。。

こちらは、同じ糸満市伊原の国道331号線沿いにある『ひめゆりの塔』が建立されている『第三外科壕』から南西に直線距離約280mほどのところにあり、沖縄戦の最中、『ひめゆり学徒』らが避難してきた壕の1つです。

沖縄県糸満市伊原にある

『伊原第一外科壕(アブチラ壕)

伊原第一外科壕(アブチラ壕)の写真
壕の出入口横にひっそりと佇む『第一外科壕跡』の碑。

2017年6月8日木曜日

具志頭王子の墓だと言われる具志頭城跡の北側に位置する壕☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回にご紹介した八重瀬町具志頭にある『具志頭城跡』を見学した後、城跡の北側を走る道路へと移動しました。

その道路沿いには、琉球王国第一王統・第二代『尚巴志』の三男『具志頭王子』の墓と言われ、沖縄戦の際には、旧日本軍の武部隊(第9師団)が自然洞穴を拡張して構築した陣地壕があるんです。

沖縄県島尻郡八重瀬町具志頭にある

『クラシンウジョウ壕』

クラシンウジョウ壕の写真
『具志頭城跡』北側にある道路。道路にせり出した右側の巨岩の裏に『クラシンウジョウ壕』があります。

2017年5月19日金曜日

沖縄戦の際に米軍の侵攻を妨害するために破壊された天願川に架かる橋☆

ハイサぁ~イ⭐

先月(4月)の26日は、雲が多かったものの、まぁまぁ天気が良かったので、うるま市方面へ史跡巡りへと出かけてきました。

この日は、ちょこっと時間に余裕もあったんで、いくつかの史跡を回ることができたんですが、まず最初に向かったのは同市天願を流れる天願川に1934年に架けられたコンクリート製の二重橋。

この橋は、建築当時に『南沖縄八景』にも選定されたんだそうなんですが、沖縄戦の際に日本軍によって爆破されてしまったのだとか。。。

沖縄県うるま市天願にある

『旧天願橋(ターチー橋)』

旧天願橋(ターチー橋)の写真
沖縄戦の際に破壊され、V字型に折れ曲がった状態になってしまった『旧天願橋』

2017年5月13日土曜日

真壁区の住民達が遺骨収集を行い集落北側に建立した慰霊塔☆

ハイサぁ~イ⭐

この前糸満市真壁にある『真壁グスク(真壁公園)』を出て帰ろうとした際、公園前から真壁集落へと続く小道の先に木々が生い茂る場所を見つけたんですよ。

その木々の中に、いくつかの石碑が建立されているのが見えたので、そちらにも行ってみることにしました。

沖縄県糸満市真壁にある

『萬華之塔(まんげのとう)

萬華之塔の写真
真壁集落の北側にある木々に囲まれた場所にひっそりと佇む『萬華之塔』

2017年4月20日木曜日

かつて地元民が避難所として使用した具志川グスク内にある避難壕☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回、うるま市具志川にある『具志川グスク』をご紹介しましたが、こちらのグスク内には、かつての沖縄戦の際に、地域住民が避難所として使用した壕が現存しています。

今回は、その避難壕をご紹介しますね。。。

うるま市具志川にある

『具志川グスクの壕』

具志川グスクの壕の写真
『具志川グスク』の西側にひっそりと佇む『集団自決の地』碑。

2017年3月2日木曜日

米第十軍司令官が戦闘指揮中に戦死した丘に建立された慰霊碑☆

ハイサぁ~イ⭐

この前、糸満市真栄里にある『栄里之塔』を見学した後、そこから西側へ約70mほどの距離にある慰霊碑を見学しに向かいました。

その慰霊碑が建立されている丘は、沖縄戦の最中、米軍の最高司令官が、この丘に視察に訪れていた際、すぐ近くに爆弾が炸裂し、着弾した岩の破片が司令官の胸部に直撃してしまい、戦死してしまったんだそうです。。。

沖縄県糸満市真栄里にある

『バクナー中将慰霊碑』

バクナー中将慰霊碑の写真
小高い丘の上に建立された『バクナー中将慰霊碑』

2017年2月20日月曜日

真栄里集落の人々が将兵や住民を含む1万2千余柱を収集し建立した慰霊塔☆

ハイサイ⭐

この前、『白梅之塔』や『山形の塔』を見学した後、真栄里集落の西側の少し離れた場所に建立された慰霊塔を見学しに向かいました。

こちらの塔は、沖縄戦後に、真栄里集落の方々が、住民や将兵約12,000柱の遺骨を収集し建立したんだそうです。。。

沖縄県糸満市真栄里にある

『栄里之塔』

栄里之塔の写真
真栄里集落から少し離れた場所にひっそりと佇む『栄里之塔』

2017年2月18日土曜日

山形県出身者四万余柱の諸霊が祭られた糸満市真栄里にある慰霊塔☆

ハイサぁ~イ⭐

今回は、以前ご紹介したブログ記事の続きです。

『白梅之塔』を見学した後、次に向かったのは、『白梅之塔』が建立されている場所から西側に位置する慰霊塔。。。

こちらには、沖縄や海外諸地域にて戦没された山形県出身者の諸霊が祀られており、敷地内には壕跡や第24師団雨宮中将率いる各部隊100余名を祀る慰霊塔などもあるんです。。。

沖縄県糸満市真栄里にある
『山形の塔』
山形の塔の写真
山形県出身者四万余柱の諸霊が祀られた『山形の塔』

2017年2月14日火曜日

糸満市真栄里にある県立第二高等女学校の生徒たちが祀られた慰霊塔☆

ハイサぁ~イ⭐

今回は、過去に一度ご紹介したことがある糸満市字真栄里に建立されている慰霊塔を改めてご紹介したいと思います。

以前の記事では、他の慰霊塔とまとめてご紹介したので、あまり詳しく書くことが出来なかったんですよ。。。

んで、つい先日、ちょうど糸満市方面の史跡や戦跡を巡っていたので、こちらにも再訪し、写真などを撮影してきました。
※以前、ご紹介した時の過去記事は、こちらからどうぞ⇒http://oki-night.blogspot.jp/2014/10/blog-post_18.html

沖縄県糸満市字真栄里にある

『白梅之塔』

白梅之塔の写真
静かな雑木林の丘の上に建立された『白梅之塔』

2017年2月12日日曜日

沖縄戦の最中、約1千人の字民が避難していた読谷村波平の洞窟☆

ハイサぁ~イ⭐

昨年(2016年)の9月20日、メチャクチャ天気が良かったんで、沖縄本島中部にある読谷村までちょっとドライブに行って来たんですよ。

んで、その道中、以前から一度は訪れてみたかった戦跡を訪ねました。

こちらは、沖縄戦の最中、読谷村波平の字民約1千人が避難されていた『ガマ(自然洞穴)』なんだそうで、奇跡的に全員助かったんだそうです。

沖縄県中頭郡読谷村波平にある

『シムクガマ』

シムクガマの写真
鬱蒼と生い茂った森の奥にひっそりとありました。

2017年1月29日日曜日

前川集落から西側に約100mのところに位置する『前川樋川と前川民間防空壕』☆

ハイサぁ~イ⭐

今回は、前々回にご紹介した『前川樋川と前川防空壕』『前川樋川と前川民間防空壕』の続きです。

『前川樋川』と『雄樋川』沿いから入ってきた道の突き当りの間から、斜面の上の方へと伸びる小さな階段を発見し、そちらへ行ってみると、『蒙氏 上門門中之墓』と刻まれた石碑と岩壁に連なって存在する壕跡や立派なお墓がありました。

ただ、残念ながら、『蒙氏 上門門中之墓』について、ネットで検索をかけてみると、全くヒットが無かったので、『上門門中之墓』については何も分かりませんでした。。。(泣)

沖縄県南城市玉城前川にある

『前川樋川と前川防空壕』

蒙氏 上門門中之墓の写真
『蒙氏 上門門中之墓』と刻まれた石碑がある場所で一番立派なお墓

2017年1月26日木曜日

かつて住民の生活用水として利用されていた井泉と戦時中に築造された防空壕☆

ハイサぁ~イ⭐

今週月曜日(1月23日)の午後、南城市玉城前川の『Café ゆーゆーらーさん』で食事を終えた後、すぐ近くにある史跡&戦跡を見学しに向かいました。

本当は、南城市内のグスク跡に向かう予定だったんですが、食事を終えた後の店員さんとのお話がちょこぉ~っと長くなってしまって(笑)、予定していた時間がちょこぉ~っと過ぎてしまってたんですよ。。。😅

・・・なので、店員さんに教えて頂いた、お店からすぐのところにある史跡&戦跡を見学することにして、そちらへ向かいました。

沖縄県南城市玉城前川にある

『前川樋川と前川民間防空壕』

前川樋川の写真
前川集落の西に位置する断崖の麓にある『前川樋川』

2016年12月21日水曜日

かつて字の闘牛場として使用されていた宜野湾市宜野湾にある多目的広場☆

ハイサぁ~イ⭐

この前、後輩と一緒に宜野湾市我如古にある『麺工房 島風』さんで食事を終えた後、帰りがけに同市字宜野湾の住宅街の一角にある慰霊塔を見学しに向かいました。

こちらは、普段は門が閉められており、自由に見学することが出来ないようなのですが、ワタクシ達が到着した際、ちょうど敷地内で草刈り作業されている方がいらっしゃったんですよ。

んで、クルマを路肩に停めて、その方に見学しても良いか尋ねると、「大丈夫ですよぉ~」との返答を頂いたので、二人でちょこっとお邪魔させて頂きました。

沖縄県宜野湾市宜野湾にある

『マータクドー』

はらから之塔の写真
『マータクドー』の敷地内に建立された『はらから之塔』

2016年11月20日日曜日

八重瀬町安里にある沖縄戦の最中に火砲一門のみで戦った部隊の慰霊碑☆

ハイサぁ~イ‼

以前、テレビを見てたら、夕方のローカルニュースで八重瀬町にある旧日本軍の部隊の慰霊碑にて慰霊祭が行われたとの放送があったんですよ。

その放送によると、この慰霊祭を行うのは、今回で最後とのこと。。。

なんでも、慰霊祭を執り行う遺族や関係者の方々が、ご高齢となっており、慰霊祭を続けていくのは厳しい状況になっているんだとか。

んで、その放送を見たあとで、ぜひともこの慰霊碑を見学させて頂きたいと思い、今回、お邪魔させて頂きました。

沖縄県島尻郡八重瀬町安里にある

『独立高射砲第二十七大隊英霊の碑』

独立高射砲第二十七大隊英霊の碑の写真
敷地内には『独立高射砲第二十七大隊』の高射砲も保存されていました。

2016年8月19日金曜日

昔、化け猫が大山村の子供達を行方不明にしたという伝説が残る宜野湾市大山の洞穴遺跡☆

どーもども☆

前回のブログ記事でご紹介した『宮古そばとソーキそば専門店 田舎 安謝店』さんで食事を済ませた後、以前、ネットで偶然見つけた宜野湾市大山にある洞穴遺跡へ行ってみることにしました。

こちらのガマは、かつて化け猫が住み着き、村の子供達を行方不明にしてしまうという言い伝えが残されているんだとか。。。

沖縄県宜野湾市大山にある
『大山マヤーガマ洞穴遺跡』
大山マヤーガマ洞穴遺跡

2016年5月12日木曜日

◎読谷村古堅にあるフクギに囲まれた拝所と慰霊之碑☆

ハイサぁ~イ☆

今日(12日)の沖縄本島は、予報通り、いい天気となり、とても過ごしやすい一日となりましたo(^-^)o♪

んで、明日(13日)も、降水確率は40%となっていますが、一日中晴れる見込みとのこと☆

今現在の週間天気予報を見ると、今度の日曜日(15日)までは晴れの日が続くみたいなんですが、週明け月曜日(16日)くらいから次第に崩れそうですね( ̄▽ ̄;

もしかすると、来週くらいから梅雨入りするのかもしれませんねぇ。。。

さてさて☆

この前、『沖縄の名木百選』に認定された推定樹齢100年前後となるデイゴの木と『古堅尋常高等小學校跡・古堅國民學校跡』を見学した後、今度は、同区内にあるフクギに囲まれた古堅の拝所と慰霊之碑を見学しに向かいました☆

沖縄県中頭郡読谷村古堅にある
『古堅ウグヮンのフクギ』『慰霊之碑』
『古堅ウグヮン』の入口☆

スポンサーリンク