かつて地元民が避難所として使用した具志川グスク内にある避難壕☆|沖縄放浪日記

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2017年4月20日木曜日

かつて地元民が避難所として使用した具志川グスク内にある避難壕☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回、うるま市具志川にある『具志川グスク』をご紹介しましたが、こちらのグスク内には、かつての沖縄戦の際に、地域住民が避難所として使用した壕が現存しています。

今回は、その避難壕をご紹介しますね。。。

うるま市具志川にある

『具志川グスクの壕』

具志川グスクの壕の写真
『具志川グスク』の西側にひっそりと佇む『集団自決の地』碑。
避難所として使用された自然壕は、『具志川グスク』の入口から『天願按司之墓』の方へ向かい、按司墓に上がる階段の横を通り、その奥にある岩壁伝いに点在しています。
具志川グスクの壕の写真
右側が『具志川グスク』の入口で、壕は左側に伸びる道の先にあります。
まずは、前々回にご紹介した『具志川グスク』の案内板に表記されている説明をご紹介しますね。

≪具志川グスクの壕≫
≪沖縄戦当時に使用されていた壕は、自然洞を整備したものや掘り込んだものがあり、おもに近隣住民の避難場所として利用されました。

また、グスク入口にも壕が造られ、銃眼も掘られたといわれています。
具志川グスクの壕の写真
右側の階段を上ると『天願按司之墓』で、壕は左側の道の先にあります。
米軍上陸後、グスクの西側端の壕に、ムラの青年男女が立てこもりました。彼らは、南部へ移動した日本軍から、手榴弾を2個ずつ渡されていました。

1945(昭和20)年4月4日、23人の学徒、青年で構成する警防団は残った手榴弾で「自決」、13人が死に至りました。

現在、壕は崩壊していますが、火炎放射を受けたといわれる壕や周辺の岩肌は、今なお黒い焼け跡がみられます。≫
・・・と、ありました。
具志川グスクの壕の写真
小道を進んで行くと、右側の岩肌に洞穴が点在しているのが見えてきます。
具志川グスクの壕の写真
小さな自然洞。
『天願按司之墓』の階段の横を通って、奥へ進んでいくと、右側の斜面下部に、ぽっかりと開いた小さな洞口が見えてきます。
具志川グスクの壕の写真
石灰岩の上に小石が積まれているところもありました。
説明にあったように、崩壊してしまったであろう洞穴もありましたが、人工的に造ったと確認出来るくらい、保存状態の良い洞穴もいくつかありましたね。。。
具志川グスクの壕の写真
掘り込んで造ったと思われる壕。洞口に削ったような跡がありました。
所々、岩肌が黒くなっていましたね。。。
また、奥へ進んでいくと、洞口の上部の岩肌が黒く焦げたような跡のある壕もありました。。。
具志川グスクの壕の写真
こちらの壕は、洞口の上部が真っ黒くなっており、火炎放射を受けた跡だと思われます。

具志川グスクの壕の写真
外から壕内部を伺うと、落ち葉や小石などが転がっていました。
小道をさらに奥へ進んでいくと、洞口を小石で塞がれた壕が2ヵ所あり、その内の1つは、下部分が階段状になったコンクリート製の石段になっており、洞口には香炉が1基置かれてました。
具志川グスクの壕の写真
洞口が小石で塞がれた壕。手前側は下部にコンクリート製の石段があり、洞口に香炉が1基置かれていました。
具志川グスクの壕の写真
洞口の前に香炉が1基置かれており、その両側に花瓶が置かれてました。
具志川グスクの壕の写真
もう一方の壕。こちらには、香炉は確認出来ませんでしたね。。。
この洞口が塞がれた壕から、さらに奥へ進むと、今度は岩壁の中腹あたりにコンクリートブロックで洞口が塞がれた門中墓があり、その奥に石碑が建立されていました。
具志川グスクの壕の写真
右側が門中墓。左奥に石碑が見えます。
具志川グスクの壕の写真
久志之屋門中墓
手前側のコンクリートブロックで塞がれた門中墓は、墓標に『久志之屋門中墓』と表記されていました。

こちらの門中墓の洞口が一番大きかったんですが、その開口部周辺は黒っぽくなっていましたね。。。
具志川グスクの壕の写真
一番奥に建立されていた石碑。
そして、こちらの門中墓を通過すると、石碑が建立されている道の最終地点に辿り着きます。

その石碑には『集団自決の地』と題された碑文が記されていました。

≪集団自決の地≫
≪一九四五年四月四日、字具志川の若い男女二十三名が郷土を守るため、ここ具志川城跡の壕にたてこもっていた。

昼前、米軍が壕に近づいてきたので、危険を感じ手榴弾を投げつけた。

米軍は、機関銃や火焔放射器で応戦。すさまじい攻撃に、もはや逃れぬものと観念した男女は、手榴弾での死を決意した。
具志川グスクの壕の写真
『集団自決の地』碑
壕の中で二つの輪になって座り、「海ゆかば」を歌い、「自爆」を合図に手榴弾を発火して自決を敢行、十三名が死亡した。

沖縄戦終結五十周年の節目に当たり、この地に眠る若者たちのみ霊を慰め、かつ、恒久の平和を祈念してこれを建立する。
一九九五年十一月吉日 具志川市≫
・・・と、ありました。

また、石碑の下部には亡くなられた男女の氏名と年齢が刻まれていました。
具志川グスクの壕の写真
『集団自決の地』碑のすぐ横にも、小さな自然洞穴がありました。
この『集団自決の地』碑のすぐ近くにも、小さな自然洞穴があり、その周囲は黒くなっていました。。。

そして、その上の方にも岩の窪みがあったんですが、そこも全体的に黒くなっていましたね。。。
具志川グスクの壕の写真
『集団自決の地』碑の上にあった岩の窪み。周囲が黒く焦げているのが分かります。。。
・・・と、ここまで見学した後は、そのままクルマへと戻り、こちらを後に致しました。

今回と前々回にご紹介したように、こちらは史跡と戦跡、二つの歴史が残る遺跡です。

うるま市具志川を訪れた際には、こちらのグスク跡にもぜひ足を運んで、その二つの歴史を見学されてみてはいかがでしょうか。。。?

それでは、そろそろこの辺で。。。でわでわ☆★☆

最後まで読んでくださって、ありがとうございますm(_ _)m
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『具志川グスク(うるま市)の壕』


☆場所:〒904-2223
      沖縄県うるま市具志川

☆見 学:無料

☆駐車場:無し