糸洲と名城の住民や第24師団第2野戦病院等が避難していた糸満市伊敷の壕跡☆|沖縄放浪日記

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2018年4月15日日曜日

糸洲と名城の住民や第24師団第2野戦病院等が避難していた糸満市伊敷の壕跡☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回、糸満市の糸洲集落内にある『糸洲グスク』『復興乃泉』などの史跡を見学した後、この日最後に糸洲集落の北側に隣接する伊敷集落内にある"ガマ"を見学しに向かいました。

沖縄県糸満市字伊敷にある

『ウッカーガマとウンジャーガマ』

ウッカーガマの写真
『ウッカーガマ』の前に建立されている2基の慰霊碑。
まず最初に向かったのは、『糸洲の壕』と称される『ウッカーガマ』です。

こちらは、糸洲集落にある『安里グスク』『糸洲グスク』の間を通る道から国道331号線(名城バイパス)に出ると、国道の向かい側に北東へ伸びる道があるので、国道を跨いでそちらへ入ります。

そして、そこから約80mほど進むと右側に脇道があるので、そちらへ右折し約40mほど進むと右側にあります。
ウッカーガマの写真
国道331号線から入ってきて最初の脇道に入るところ。右奥の小道は糸洲集落へ向かう道です。
近くにあった路肩にある空いたスペースにクルマを停め、さっそく見学へ向かいました。
ウッカーガマの写真
『ウッカーガマ』の前に建立されている2基の『鎮魂之碑』。
『ウッカーガマ』の前には2基の慰霊碑が建立されており、どちらも『鎮魂之碑』(右側は『鎮魂の碑』と"之"が平仮名で記されています)と記されており、向って右側の石碑の根元付近には碑文が記されていました。
ウッカーガマの写真
『鎮魂之碑』。
まずはその碑文を読んでみると・・・≪此の洞窟は第二十四師団山第二野戦病院の跡である。長野富山石川県出身の将兵現地防衛召集兵並に従軍看護婦積徳高等女学校看護隊が傷病兵を収容した壕跡である。≫と記されていました。
ウッカーガマの写真
石碑の根元に設置されていた碑文。
また、右側に建立されている『鎮魂の碑』は、沖縄戦で亡くなられた方の遺族が建てた慰霊碑なんだそうで、根元部分には俗名が記されていました。
ウッカーガマの写真
『ウッカーガマ』に向かって右側に建立されている『鎮魂の碑』。
沖縄時事出版発行、(株)沖縄学販発売の『沖縄の戦跡ブック ガマ』によると、『ウッカーガマ』は、1945年3月23日・24日の空襲の時から名城・糸洲の両集落の住民が避難してきて、こちらでの生活が始まったんだそうです。

また、後に那覇や浦添などの住民も避難してきたんだそうですよ。
ウッカーガマの写真
2基の慰霊碑の左側には、『ウッカーガマ』に続く細い小道があります。
更に5月末頃には、先述した三角錐の『鎮魂之碑』の碑文にあったように、第24師団山第2野戦病院が避難して来たんだそうで、同野戦病院に配属されていた『ふじ学徒隊(積徳高等女学校の学徒)』、そして長野・富山・石川県出身の将兵と現地召集兵らもこちらに避難してきたんだそうですよ。
(※参考⇒『ふじ学徒隊』)
ウッカーガマの写真
立入禁止のために設けられていた鉄柵前から見た『ウッカーガマ』の洞口。
以前は、平和学習のガマとしても利用されていたそうなんですが、ガマ周辺で農業を営む住民から多くのクレームが出ているらしく、現在、『ウッカーガマ』の洞口前には鉄柵が設置されており、関係者以外立ち入り禁止となっていました。
(※参考⇒沖縄県のガマと地下壕『糸洲の壕(ウッカーガマ)』)

設置されている鉄柵の前から『ウッカーガマ』の洞口を見学した後、次に向かったのは、『ウッカーガマ』の北側に位置する『二本松の壕(トーンガマ)』と称されるガマです。
二本松の壕(トーンガマ)の写真
二本松の壕(トーンガマ)。
なぜ『二本松の壕』と呼ばれているのかとゆーと、洞口がある場所に2本の松の木が立っているかららしいですよ。

過去にこちらを訪れたことのある方の写真を見てみると、道路側と奥に背の高い2本の松の木が立っているのが確認できたんですが、ワタクシが訪れた時には道路側には立っていたんですけど、もう1本は確認出来ませんでした。
二本松の壕(トーンガマ)の写真
『二本松の壕(トーンガマ)』の入口。
こちらの壕には、伊敷の住民が避難していたんだそうで、内部には水路が通っており、先述した『ウッカーガマ』や、この近くにある『ウンジャーガマ』と水路で繋がっているんだそうです。
(※参考⇒沖縄洞窟探検『トーンガマ(二本松の壕)』)
二本松の壕(トーンガマ)の写真
道路から少し入って来たところから見た洞口。洞口上部の黒ずみは米軍の火炎放射攻撃の跡らしいですよ。
また、『ウッカーガマ』や『ウンジャーガマ』と同様に、こちらにも山第二野戦病院が避難してきていたとのことです。

以前は戦没者名が記された掲示板が設置されていたようなんですけど、ワタクシが訪れた時には見当たらなかったですね。
ウンジャーガマの写真
北側の小道から見た『ウンジャーガマ』遠景(写真中央付近)。
『二本松の壕(トーンガマ)』を後にし、最後の最後に『ウッカーガマ』と『二本松の壕(トーンガマ』のちょうど中間に位置する『ウンジャーガマ』を見学しに向かいました。

『ウンジャーガマ』も畑のど真ん中にあるんですが、現在は洞口が埋められていました。
ウンジャーガマの写真
『ウンジャーガマ』の洞口。土で埋められてしまっています。
先述した沖縄時事出版発行、(株)沖縄学販発売の『沖縄の戦跡ブック ガマ』によると、『ウンジャーガマ』は、『ウッカーガマ』と繋がっていたんだそうで、この2ヵ所のガマは、それぞれの洞口で呼名が違うだけで、もともとは一つの地下壕なんだそうです。

また、この2つのガマは同じ字伊敷にある『轟の壕』とも水脈で繋がっているんだそうですよ。
ウンジャーガマの写真
正面の岩壁の根元に1基の香炉が設けられていました。
『ウンジャーガマ』も、『ウッカーガマ』と同様に、名城・糸洲の両集落の住民、第24師団山第2野戦病院と『ふじ学徒隊(積徳高等女学校の看護学徒隊)』が避難していた壕です。

住民たちや山第2野戦病院、『ふじ学徒隊』、そして長野・富山・石川県出身の将兵と現地召集兵らが避難していた最中、連日、ガス弾が撃ち込まれ火炎放射攻撃を受けていたとのこと。

そんな中、1945年の6月18日には『牛島司令官』の「最後の軍命」が出されたので、同月22日の夜に、衛生兵たちは数名1組になって斬り込みを行うため、ガマを出ていったのだそうです。
ウンジャーガマの写真
洞口左側の様子。手前側は刈られた草木だと思われますが、奥は崩落したような跡がありました。
そして、6月26日の夕方には、ガマに避難していた小池病院長が隊員や学徒隊らに解散命令を出し、自らはその翌日に自決したとのこと。

解散命令を受けた『ふじ学徒隊』らは、同月28日(27日とも言われているようです)の早朝までに3,4名ずつのグループに分かれて、『ウッカーガマ』側から出ていったんだそうですよ。
ウンジャーガマの写真
洞口右側の様子。こちらの奥にも崩落したような跡がありました。
『ふじ学徒隊』らがガマを出て行った後も、『ウッカーガマ』・『ウンジャーガマ』には十数名の兵隊や住民らが残っていたそうなんですが、米軍が再三投降を呼びかけたにも拘らず、ガマを出ようとはしなかったんだそうです。

しかし、1945年の8月下旬、名城集落の住民が投降を呼びかけ、ガマの中にいた住民たちはようやっとガマから出てきたとのことです。

そして、その際、ガマの中にいた約30名ほどの日本兵も捕虜となったんだそうです。
(※参考⇒沖縄県のガマと地下壕『ウンジャーガマ(ウンジャー壕)』)
伊敷集落の古墓の写真
廃墟の後方にあった古墓。
『ウンジャーガマ』を見学した後は、そのままクルマへ戻ろうとすると、その際、『ウンジャーガマ』の北側に草木に埋もれた廃墟を発見したんですよ。

んで、その廃墟の横に、裏側へと続く小道があり、その周辺だけが綺麗に草刈りがされてて、綺麗な状態だったので、ついでにそちらの方へも行ってみると、その先に3基の古墓がありました。

その内の1基は、後方の岩壁にくっついた状態でコンクリートで方形に造られており、手前に1基の香炉が置かれていました。
伊敷集落の古墓の写真
岩壁にくっつくような形で造られていたコンクリート製の古墓。
また、このコンクリート製の古墓の後方の岩壁には崖葬墓があり、その手前には2基の香炉が置かれていました。
伊敷集落の崖葬墓の写真
岩壁の根元にあった崖葬墓。2基の香炉が置かれていました。
こちらの3基の古墓については、資料等がないため、集落に住む門中の御墓なのか、あるいは歴史上の人物が葬られているのかなどの詳細は不明です。

しかし、御墓周辺が比較的綺麗な状態だったため、定期的に草刈り・清掃が行われているのでしょうね。

・・・と、ここまで見学した後はクルマへと戻り、この日はそのまま帰宅の途に就きました。

いかがでしたでしょうか?

今回ご紹介した3ヵ所の壕周辺は、道が細く畑や畜舎などが密集していて、クルマを停めるスペースもほとんどありません。

なので、もし見学に訪れる際は、くれぐれも農家の方々や住民に迷惑をかけないよう、くれぐれも注意して下さいね。

それでは、そろそろこの辺で。。。でわでわ☆★☆

最後まで読んで下さいまして、誠にありがとうございますm(_ _)m
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『ウッカーガマ』・『ウンジャーガマ』・『二本松の壕』

☆場所:〒901ー0363
      沖縄県糸満市伊敷

☆見 学:無料

☆駐車場:無し

※訪れる際は、くれぐれもマナーを守って、他の来訪者や地元の方々に迷惑をかけないよう、十分気を付けてくださいね。