青年繁栄の守り神が建てられている小城集落のクサティムイである神聖な杜☆|沖縄放浪日記

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2018年6月17日日曜日

青年繁栄の守り神が建てられている小城集落のクサティムイである神聖な杜☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回まで八重瀬町の『西部プラザ公園』にある『テミグラグスク』『当銘・小城の共有龕および龕屋』『フサトモー(金満の杜)』等をご紹介してきましたが、今回は『西部プラザ公園』から少し北に離れた場所に位置する『金満の杜』と称される2つの杜の内のもう1つの杜をご紹介したいと思います。

沖縄県島尻郡八重瀬町字小城にある

『クワギブク嶽(金満の杜)

クワギブク嶽(金満の杜)の写真
小城集落の北側から見た『クワギブク嶽』。
こちらは、『フサトモー』の北側にある『蔵屋敷跡広場』の西側を通る小道から北向けに少し進んだ場所にあり、小道から丘の上に向かって新しく造られた階段があります。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
『フサトモー』から見た『クワギブク嶽(金満の杜)』。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
小道から『クワギブク嶽』へと上れる新しく造られた階段。
その階段を上がっていくと、踊り場らしき場所に『小城のニーセー石』と題された説明板が設置されていたので、まずはそちらを読んでみることに・・・

≪有形民俗文化財 小城のニーセー石≫
≪このニーセー石は、獅子の形をしていて名前のごとくニーセー(青年)を栄えさせるための守り神であるが、いつ誰が建てたか定かではない。

古老の話では、このニーセー石を建てて拝むようになってから、小城の青年達は栄えるようになったとのこと。
小城のニーセー石の写真
『有形民俗文化財 小城のニーセー石』と題された説明板。
火よけや魔よけの守り神がほとんどの沖縄のシーサーの中にあって、青年繁栄の守り神であるこのニーセー石は特異な存在である。

今でも、各種の生年の行事があるときは、集落の役員や青年達がこのニーセー石を拝んでいる。≫
・・・とありました。

説明を読み終えた後、説明板の右側にある階段を上がり、この『ニーセー石』を見学しに向かいました。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
説明板横の階段を上がってきたところ。奥の方に『ニーセー石』が見えます。
階段を上がると、こちらはまだ整備途中なようで、パイロンが立てられて入る場所があり、立入禁止区域が設けられていました。

んで、説明にあった『ニーセー石』は、丘の頂上の芝生が養成されている場所の向こう側に立てられているのが見えました。
小城のニーセー石の写真
有形民俗文化財 小城のニーセー石。
芝生が養成されている場所をクルッと回り込んで、『小城のニーセー石』に近づいてみると、『小城のニーセー石』は、『クワギブク嶽』の西側に広がる小城集落に向かって立てられていました。
小城のニーセー石の写真
小城集落に向けて建立されている『小城のニーセー石』。
また、『小城のニーセー石』をよく見てみると、"ニーセー石"に向かって左側の頭部はセメントで修復された跡があり、過去になんらかの要因で壊れてしまったらしく、ちょっと痛々しい感じでしたね。。。
小城のニーセー石の写真
セメントで補修された頭部。
小城のニーセー石の写真
右側から見た『小城のニーセー石』。
この『クワギブク嶽』には、『小城のニーセー石』の他にいくつかの拝所や古墓などが点在していたので、今度はそちらを見学しに向かいました。

『小城のニーセー石』が立つ場所の後方に、木々が生い茂るこんもりとした丘があるんですが、その手前には二基の香炉が置かれた拝所がありました。
クワギブク嶽(金満の杜)の拝所の写真
『小城のニーセー石』近くにあった2基の拝所。
拝所に置かれた2基の香炉の後方には小さな石板が立てられており、向かって左側の石板には『南山世』の文字が見えましたが、右側の石板には『桑木福嶽』と記されていました。

この『南山世』・『桑木福嶽』の拝所に向かって左右両側には、後方の林の中へと続く獣道があったんで、今度はその獣道の先を見に行ってみることに。。。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
『南山世』・『桑木福嶽』の拝所の右側にある獣道の入口。
まずは右側の獣道を入って行くと、すぐ右側にある石灰岩の手前に『南山世按司』と記された石板が立てられ、その手前に1基の香炉が置かれた拝所がありました。
クワギブク嶽(金満の杜) 南山世按司の拝所の写真
『南山世按司』の拝所。
先述した拝所にも『南山世』と記された石板が立つ拝所があり、もしかすると『クワギブク嶽』は"南山按司"と何か関係があるのかもしれませんね。
※あくまでワタクシ個人の憶測なので定かではありませんよ。

そして、この『南山世按司』の拝所の前から獣道をさらに奥へ進むと、開けた場所に出るんですが、その手前右側に岩壁を利用して造られた方形の古墓がありました。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
『南山世按司』の拝所近くにあった古墓。
こちらには墓標や石板などが設けられていなかったため、どなた様の古墓なのかは不明です。。。

この古墓を通り過ぎると、小さな広場に出たんですが、そこには何もなかったため獣道を引き返し、今度はもう一つの獣道の先へ行ってみることにしました。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
『南山世』・『桑木福嶽』の拝所左側にある獣道。
もう一つの獣道を入ると、こちらも同様に、入ってすぐ右側に『南山世按司』と記された石板が立つ拝所がありました。
クワギブク嶽(金満の杜)の拝所の写真
『南山世按司』と記された石板が立つ拝所。
こちらの『南山世按司』の拝所には、香炉代わりのコンクリートブロックが3基置かれており、そこに何やら文字が記されていましたが、約半分ほど敷石の下に埋もれてしまっていたため、判読出来ませんでしたが、たぶん集落に住む各門中の屋号が記されているものと思われます。
※あくまで憶測ですので、定かではありません。。。

そして『南山世按司』の拝所前からさらに獣道を進むと、すぐに道が行き止まりになっており、そこには『御先南山世』と記された墓標が立てられた古墓がありました。
クワギブク嶽(金満の杜) 御先南山世の古墓の写真
獣道の先にあった『御先南山世』の古墓。
この『御先南山世』の古墓がある場所からその先は藪になっていて、これ以上進むことは出来なかったため、獣道を引き返して『クワギブク嶽』に上がってきた階段まで戻り、今度はそこから北向けに伸びる道幅の広い獣道の先へ行ってみることにしました。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
階段から北向けに伸びる獣道。
獣道を進もうとすると、左側にある小高い丘の中腹に拝所を発見。

近づいてみると、後方の石灰岩を背に敷石が並べられており、岩と敷石の間には1基の香炉が置かれていました。
クワギブク嶽(金満の杜)の拝所の写真
丘の中腹にあった拝所。
クワギブク嶽(金満の杜)の拝所の写真
こちらには香炉が1基置かれているのみとなっていました。
こちらの拝所には名称などが刻まれた石板などはなかったんですが、先程ご紹介した『南山世按司』の石板と門中名が刻まれたブロックがある拝所の反対側になります。

この拝所を後にし、獣道をさらに奥へ進んでいくと、先述した獣道の先にあった広場に出ました。

広場に向かって左側の少し高くなった場所に木々の根が張った石灰岩があるんですが、その根元付近に一部コンクリートで固められた場所があり、"拝所"っぽかったんですけど、香炉などが見当たらず、詳細は不明です。。。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
広場の片隅にあった"拝所"らしき場所。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
獣道の先にあった広場。
そして、広場の奥には草木が生い茂る石灰岩があり、その根元には数基の香炉が置かれた古墓がありました。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
草木が生い茂る石灰岩の根元にあった数基の古墓。
古墓の前に置かれた香炉代わりのブロックには『神谷』と記されたブロックがいくつか見受けられたので、もしかすると『神谷』門中の古墓なのでしょうね。

んで、この石灰岩を右側からクルッと回り込むように進んでいくと、石灰岩の反対側にも古墓が3基ほどありました。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
石灰岩の裏側にあった3基の古墓。
3基あるうちの2基は石灰岩を利用して造られており、下の根元にある古墓には『高御墓』と記された石板が立てられており、香炉代わりのブロックには「高嶺」・「知念」・「神谷」・「仲加」・「仲座」・「大屋」・「冨里」の各門中名が記されていました。
クワギブク嶽(金満の杜) 高御墓の写真
石灰岩の根元にある各門中の共同墓。
クワギブク嶽(金満の杜) 崖葬墓の写真
『高御墓』の上部に設けられた崖葬墓。
クワギブク嶽(金満の杜) 古墓の写真
石灰岩に寄り添うように設けられた古墓。
また、この3基の古墓がある場所の向かい側は、大きな亀甲墓となっていました。

この3基の古墓を見た後は、さらに北向けに獣道を進んでいくと、その先に『西部プラザ公園』の展望台があったんですが、その手前に小さな広場があり、その4隅に平御香が置かれていました。
クワギブク嶽(金満の杜) 展望台の写真
『クワギブク嶽』の北端にある展望台。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
展望台手前にある広場。集落の祭祀場となっているようですね。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
広場の4隅には平御香が置かれていました。
どうやらこの広場は、集落の祭祀の際に拝みや儀礼などを行う場所となっているようでしたね。

この広場を後にし、展望台へ上ってみることにしました。
クワギブク嶽(金満の杜)の展望台の写真
『クワギブク嶽』を出て『小城公民館』前から見た展望台。
展望台は3階建てになっているんですが、先程の広場がある場所からは2階から入れるようになっていました。
クワギブク嶽(金満の杜) 展望台の景色の写真
東側の景色。
クワギブク嶽(金満の杜) 展望台の景色の写真
北側の景色。眼下に小城集落の公民館が見えます。
階段を上がって最上階へいくと、豊見城市や糸満市、八重瀬町などが一望でき、遠くの方には瀬長島まで見ることが出来ました。
クワギブク嶽(金満の杜) 展望台の屋敷の写真
西側の景色。
クワギブク嶽(金満の杜) 展望台の景色の写真
遠くの方には『瀬長島』も見えましたよぉ~。
クワギブク嶽(金満の杜) 展望台の景色の写真
ご覧の通り、南側は『クワギブク嶽』の頂上付近しか見えませんでしたwww
展望台で景色を楽しんだ後は、展望台を下りて『クワギブク嶽』北側の麓に下りました。

『クワギブク嶽』北側の麓から東南へと伸びる道路は小城集落の馬場広場となっていました。
クワギブク嶽(金満の杜) 小城馬場広場の写真
『クワギブク嶽』の展望台下にある『小城馬場広場』。
展望台下には階段状の観客席が設けられており、案内版を兼ねた標柱が立てられていました。

その標柱によると、「龕の年期祭の奉祝行事として旧八月十日 タカマチ棒やシダイグヮー踊りの村芝居がある」と記されていました。
クワギブク嶽(金満の杜) 小城馬場広場の写真
『小城馬場広場』と記された標柱。
また、この『小城馬場広場』の南側の『クワギブク嶽』から道路を挟んで反対側には井戸跡らしき拝所が設けられていました。
クワギブク嶽(金満の杜)の写真
『小城馬場広場』の近くにあった拝井泉。
拝所は、コンクリートブロックで祠状に造られており、内部には香炉代わりのブロックと円筒状のものが納められていました。

円筒状のものが納められているということは、こちらは"拝井泉"となっているのでしょうね。
クワギブク嶽(金満の杜)の拝所の写真
『小城馬場広場』の南側の原っぱにある拝井泉。
・・・と、ここまで見学した後は『西部プラザ公園』へと戻り、今度は当銘集落内にある旧東風平町の文化財に指定された"ガジュマル"を見学しに向かいました。

今回も少し長くなってしまいましたのでここまでにして、この続きはまた別の回にご紹介したいと思います。

それでは、この辺で・・・でわでわ☆★☆

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『クワギブク嶽(金満の杜)

☆場所:〒901ー0415
      沖縄県島尻郡八重瀬町小城
☆見 学:無料

☆駐車場:あり(西部プラザ公園駐車場)

※訪れる際は、くれぐれもマナーを守って、他の来訪者や地元の方々に迷惑をかけないよう、十分気を付けてくださいね。

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