2003年に発見された読谷村喜名の閑静な住宅街にある古窯跡☆|沖縄放浪日記

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2018年6月26日火曜日

2003年に発見された読谷村喜名の閑静な住宅街にある古窯跡☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回、読谷村喜名の『観音堂公園』内に建立されている『喜名観音堂』『土帝君』をご紹介しましたが、そちらを見学した後次に向かったのは、『観音堂公園』の東側に位置する"古窯跡"を見学しに向かいました。

沖縄県中頭郡読谷村喜名にある

『喜名古窯跡』

喜名古窯跡の写真
喜名集落の閑静な住宅街にある『喜名古窯跡』
こちらは、前々回にご紹介した『喜名観音堂』の参詣道入口前から県道12号線国道58号線向けに約20mほど進み、左側にある1つめの脇道を左折します。

そしてそこから約50mほど進むと右側に白い敷石が敷かれた小道があるんですが、その奥にあります。
喜名古窯跡の写真
正面から見た『喜名古窯跡』
『喜名古窯跡』の向かい側にクルマ1台分ほどの空きスペースがあったんで、そちらにちょこっとクルマを停めさせてもらい、すぐさま見学へと向かいました。

『喜名古窯跡』に続く小道入口に説明板が設置されていたので、まずはそちらを読んでみることに。。。

≪喜名焼・喜名古窯≫
≪喜名古窯は知花窯、湧田窯、宝口窯、古我地窯、壺屋窯などと並ぶ沖縄の代表的な古窯で、壺、甕、厨子甕、鉢などの様々な種類の器が伝わっています。

1250~1280度の高温で焼かれ、固く焼き締まっているのが特徴です。
喜名古窯跡の説明板の写真
『喜名古窯跡』の入口に立てられていた説明板。
15~16世紀に行われた南蛮貿易の中で、泡盛のルーツといわれるシャム(タイ)の蒸留酒ラオロンとともに甕の製造技術が伝わったと言われています。

現在、「康熙九年」(1670年)の銘書きのある喜名焼厨子甕が見つかっています。
喜名古窯跡の説明の写真
説明板に記されていた『喜名焼・喜名古窯』の説明。
しかし、古い文献には喜名焼に関する記録が無く、首里王府によって各地の窯場が那覇の壺屋に統合された1682年頃まで操業されていたと考えられています。

これまで窯は不明でしたが、ついに2003年に発見されました。
[世界遺産(座喜味城跡)周辺整備事業 読谷村建設経済部商工観光課 2006年2月制作]
・・・とありました。
沖縄の古窯分布図の写真
説明板に掲示されていた『沖縄の古窯分布図』
また、『喜名焼・喜名古窯』の説明の右側には『窯跡の発掘調査』についても記されていたので、そちらも読んでみることに・・・

≪窯跡の発掘調査≫
≪2003年の発掘調査で見つかった窯は3基で、いずれも焚き口を南西にして北東方向に伸びる形をしています。1号窯はアーチ状の天井が良い状態で残っていますが、内部には陶片が蜜に詰められており、すでに廃棄された状態であることがわかります。

サイズは床の間口が約1.6メートル、床から天井までの高さが約1.1メートルで、断面は半円形をしています。
喜名古窯跡の説明の写真
説明板に記されていた『窯跡の発掘調査』の説明。
2号窯は1号窯の約2メートル隣に築かれています。

間口は約1.1メートルで、堆積した地層から1号窯より古いことがわかります。
喜名古窯跡の説明板の写真
窯と物原の位置を示した図。
天井部分はすでになく下半分が残る窯内には瓦片混じりの堆積土が詰まっていました。

また、窯の両壁では厚さ5センチもある塼(せん)が棚状に積まれています。
喜名古窯跡の説明板の写真
ちょ~っと見づらいですが、説明板に掲載されていた発掘調査の際に撮影された写真。
3号窯は1号窯の西側に10メートル程離れて築かれています。天上は崩れていますが、窯内には1号窯と同じように陶片が詰まっています。

床の間口は約1.8メートルで、1号窯と同様なアーチ状の天井があったと見られます。物原(失敗作を捨てる場所)が3基の窯を挟むように2ヵ所で見つかっていて、厚い箇所では1メートル近くになっています。≫
・・・とありました。
喜名焼・喜名古窯跡
説明を読み終え、小道の先にある赤瓦屋根の『喜名古窯跡』へ向かうと、ガラス戸で閉じられており、外から内部の様子を伺うことが出来るようになっていました。

先程の「窯と物原位置」を示した図とGoogle earthを照らし合わせてみると、こちらの祠の内部に見える窯跡は1号窯と2号窯のようですね。

そして、3号窯がある場所は、先述した説明板が立てられている場所付近のようで、3号窯は消滅しているようです。

んで、失敗作を捨てる場所である「物原」は、『喜名古窯跡』前の道路と、後方の路地になるようですが、そちらも何も残ってはいませんでした。。。
喜名焼・喜名古窯跡の写真
『喜名焼・喜名古窯跡』の内部の様子。写真左側に陶片などが見えます。
んで、ガラス戸越しに内部の様子を拝見させて頂くと、手前側に陶片が詰められた1号窯が見えました。

また、奥の方には2号窯があるとのことですが、そちらは土で埋められてしまっているようで、あまりよく見えなかったですね。。。

・・・と、ここまで見学させて頂いた後は、車に乗り込み次の目的地へと向かいました。

現地に設置されていた説明板によると、今回ご紹介したような"古窯跡"は、県内各地にあり、保存されている"窯跡"もあるようなので、時間を設けて他の"古窯跡"も見学しに行ってみたいものですね~。

今回は少し短いですが、そろそろこの辺で・・・でわでわ☆★☆

最後まで読んで下さいまして、誠にありがとうございますm(_ _)m
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『喜名焼・喜名古窯跡

☆場所:〒904ー0302
      沖縄県中頭郡読谷村喜名

☆見 学:無料

☆駐車場:無し

※訪れる際は、くれぐれもマナーを守って、他の来訪者や地元の方々に迷惑をかけないよう、十分気を付けてくださいね。

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