今回は、前々回の続きです。
八重瀬町の『西部プラザ公園』内にある『フサトモー(金満の杜)』の『嶽之火神』まで見学した後、来た道を戻り、まだ『フサトモー』内で見学していない古墓や拝所を見学しに向かいました。
沖縄県島尻郡八重瀬町字小城の『西部プラザ公園』内にある
『フサトモー(金満の杜)』(後編)☆
『テミグラグスク』の城門と伝わる『大門』がある『フサトモー』の北側。 |
『フサトモー』の拝所『龕世』の前から右へ伸びる獣道。 |
んで、獣道を少し進むと右側の茂みの奥に古墓が見えました。
茂みの奥に岩陰を利用して造られた古墓がありました。 |
また、この古墓を見た場所の反対側の岩壁には、パックリと口を開けたような"ガマ"がありました。
古墓がある場所の反対側にある"ガマ"。 |
この"ガマ"の前からさらに奥へ進むと、左側の岩壁の根元に敷石や2枚の石板が設けられた拝所がありました。
"ガマ"の近くにあった『女神』・『根神』の拝所。 |
この『女神』・『根神』の拝所から、またさらに奥へ進むと、この先の岩壁の根元に洞口を塞ぐような石積みや香炉代わりのコンクリートブロックなどが置かれた古墓らしき遺構が2,3ありました。
『女神』・『根神』の拝所から、奥へと続く獣道。 |
獣道の左側にある岩壁の根元には、各門中の古墓らしき遺構がありました。 |
んで、この古墓が並ぶ岩壁を奥へ進んでいくと、一番最後の岩壁の根元に『知念 玉城 大城世』と記された墓標と数基の香炉が設けられた古墓がありました。
『知念 玉城 大城世』と記された墓標が設けられた古墓。 |
獣道の終点にあった大きな亀甲墓。 |
『龕世』や『小城按司之御墓』などがある場所から反対側に伸びる獣道。 |
※獣道の各分岐点については、前々回のブログ記事をご参照下さい。⇒https://oki-night.blogspot.com/2018/06/blog-post_11.html
2つめの分岐点から南東へ伸びる獣道を進むと、先程とはまた別の亀甲墓の後方に出ました。
2つめの分岐点から南へ伸びる獣道の先にあった亀甲墓。 |
亀甲墓の後方にあった"拝所"らしき場所。 |
また、この場所からさらに南側の方も草木が刈り取られていたんですが、この先には"拝所"や"古墓"等の史跡は無かったので、そのまま引き返し、最後に1つめの分岐点から南東へ伸びる獣道の先へ行ってみることにしました。
1つめの分岐点から南へ伸びる獣道。 |
んで、その先へ進んでいくと、獣道の終点にある岩壁の根元に岩穴を利用して造られた古い『野呂御墓』がありました。
野呂御墓。 |
・・・と、この『野呂御墓』まで見学した後は獣道を戻り、前々回にご紹介した『城之御嶽』・『城之嶽井戸』の拝所がある場所から公園の遊歩道に出て、北向けに進みました。
『城之御嶽』・『城之嶽井戸』の前から北向けに進んできたところ。 |
また、この小屋自体も『村神根屋』という拝所になっていました。
遊歩道沿いにある『村神根屋』をはじめとする拝所群。 |
『村神根屋』の右側にある『殿井戸』・『殿御墓』・『根屋御墓』。 |
・『殿御墓』・『根屋御墓』となっていました。
殿井戸。 |
殿御墓。 |
根屋御墓。 |
正面から見た『村神根屋』。 |
根屋井戸。 |
『村神根屋』の前から見た『蔵屋敷跡広場』。 |
広場前に立てられていた標柱。 |
その階段を下っていくと、下の方に赤瓦屋根の"門"が見えてきました。
『蔵屋敷跡広場』から東へ進んできたところ。 |
正面から見た『大門』。 |
『大門』の標柱。 |
※あくまでワタクシ個人の憶測なので、定かではありませんよ。。。
・・・と、ここまで見学した後、この日は予定していた時間を大幅に過ぎてしまっていたので、そのままクルマへと戻り、家路につきました。
ほいで、また別の日に再訪し、今度は『フサトモー』の北側に位置する丘を見学してきました。
今回ご紹介した『フサトモー』とこの丘をまとめて『金満の杜』と呼ぶそうなんですが、今回もだいぶ長くなってしまいましたので、今回はここまでにして続きはまた別の回にご紹介したいと思います。
それでは、この辺で・・・でわでわ☆★☆
最後まで読んで下さいまして、誠にありがとうございますm(_ _)m
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☆『フサトモー(金満の杜)』☆
☆場所:〒901ー0415
沖縄県島尻郡八重瀬町小城(西部プラザ公園内)
☆見 学:無料
☆駐車場:あり(西部プラザ公園駐車場)
※訪れる際は、くれぐれもマナーを守って、他の来訪者や地元の方々に迷惑をかけないよう、十分気を付けてくださいね。