糸満市糸洲一番地にある拝所と仲間グスクの東南東側に隣接するグスク跡☆|沖縄放浪日記

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2018年4月5日木曜日

糸満市糸洲一番地にある拝所と仲間グスクの東南東側に隣接するグスク跡☆

ハイサぁ~イ⭐

今回もまた前々回の続きです。

糸満市糸洲にある『陸軍病院第二外科壕(糸洲第二外科壕跡)』を見学した後、壕跡前から糸洲集落向けに約30mほどの距離にある拝所へと向かいました。

沖縄県糸満市糸洲にある

『シーサー屋と安里グスク』

シーサー屋の写真
『陸軍病院第二外科壕(糸洲第二外科壕跡)』の前から糸洲集落へと続く道沿いにある『シーサー屋』。
こちらは『シーサー屋』と称される拝所で、糸洲集落の年中行事の際に行なわれる綱引きの前に行うウグヮン(御願)で回る拝所の1つなのだそうです。
シーサー屋の写真
『沖縄県糸満市字糸洲一番地 シーサー屋』と記された標柱。
敷地の角に『沖縄県糸満市字糸洲一番地 シーサー屋』と記された標柱が立てられており、敷地内には休憩所となる東屋と拝所である建物と石積みの祠等があります。
シーサー屋の写真
シーサー屋。
『シーサー屋』の内部には数基の香炉が納められています。

建物に向かって左側の床には方形の香炉が3基並べて置かれており、また右側に設けられている棚の上には5基の香炉が置かれていました。
シーサー屋の写真
左側から見た『シーサー屋』の内部。
ネットでいろいろ調べてみたんですが、ほとんど情報が何も出て来ず、詳しいことは不明なんですが、いつも参考にさせて頂いている『沖縄の裏探検』というブログによると、床に並べて納められている方形の3基の香炉は、山口筑登之(やまぐちちくどぅん)という家の人物から寄進された香炉なのだそうです。
シーサー屋の写真
床の片隅に並べて納められている3基の香炉。
ようく見てみると、3基の香炉は大きさが若干異なっているんですが、先述したブログによると、それぞれ違う年代で寄進されているんだそうですよ。
(※参考⇒沖縄の裏探検『安里(あさと)グスク』)
シーサー屋の写真
右側に設けられている棚の上に収められている5基の香炉。
また、向って右側にある棚の上には合計5基の円形の香炉が置かれていたんですが、こちらについては何を祀っているのかなどの詳細は不明です。。。

んで、『シーサー屋』の敷地の道路側には巨木が立っているんですが、その巨木の根元付近には、2基の香炉が納められた石組みの祠があります。
シーサー屋の写真
巨木の根元にある拝所。内部に2基の香炉が納められていました。
もちろんこちらも拝所となっていると思われますが、こちらも残念ながら何が祀られているのかは不明です。

そして、この祠の後方には円形の石積みで造られた穴があります。
シーサー屋の写真
石組みの祠の後方にあった円形の穴。
"カー(井泉)跡"のようにも見えるんですけど、何の穴なのか詳細は不明です。

・・・と、ここまで見学した後は、この日最後に、以前、小波蔵集落内に点在する御嶽や門中等をご紹介した記事で最後の方にご紹介した拝所の後方へと移動しました。
(※参考⇒https://oki-night.blogspot.jp/2018/03/blog-post_29.html)
糸洲集落の拝所の写真
小波蔵集落と糸洲集落を結ぶ道路沿いにあった拝所の北側にある2棟の拝所。
小波蔵集落と糸洲集落を結ぶ道路沿いにある門中の拝所の後方に木々が生い茂る場所があるんですが、その中に門中の拝所らしきコンクリートブロック造の建物が2棟ありました。

もちろん、この2棟の内部にも数基の香炉が納められていましたよ。
糸洲集落の拝所の写真
上の写真の2棟の拝所がある場所の西側にある門中の拝所。
また、この2棟の拝所がある場所の西側にも同じようなコンクリートブロック造の建物があり、内部に数基の香炉が納められている拝所がありました。

この小波蔵集落と糸洲集落を結ぶ道路途中にある合計4棟の拝所は、両集落のちょうど中間地点にあり、現住所的には"字糸洲"なんですけど、どちらの集落が拝みに来るのか、或いは両集落とも拝みに来るのか詳細は不明です。。。

・・・と、ここまで見学させて頂いた後、この日は予定していた撤収時間が差し迫っていたため、そのまま帰路に就きました。

んで、自宅に戻り、糸洲集落内にある史跡についていろいろ調べてみると、同集落内には2つのグスク跡や拝井泉等があるとのこと。

なので、後日再び糸洲集落へ行ってきました。
安里グスクの写真
『シーサー屋』前の道路から見た『安里グスク』。
まず最初に向かったのは、2つあるグスク跡の1つで集落の北北西側に位置する『安里グスク』

こちらは、以前ご紹介した小波蔵集落にある『仲間グスク』と隣接しています。
(※参考⇒糸満市教育委員会文化課の資料『糸満市文化財分布図ー埋蔵文化財ー』)
安里グスクの写真
小波蔵集落と糸洲集落を結ぶ道路上から見た『安里グスク』遠景。
・・・が、『安里グスク』については場所を示す分布図以外の資料が出て来ず、築城年代や築城者、そしてどのような目的で築城されたのかなどの詳細は残念ながら不明です。。。
安里グスクの写真
『陸軍病院第二外科壕(糸洲第二外科壕跡)』入口横の小道入口。
先述した『糸満市文化財分布図ー埋蔵文化財ー』を見てみると、『安里グスク』のグスク域は三日月状に東南から北西にかけての広い範囲で存在していたようです。

小波蔵・糸洲両集落を結ぶ道路側からグスク域へ進入を試みようと、入口を探したんですが、畑が密集していてこの道路側からの進入路を見つけられなかったので断念。。。

んで、『陸軍病院第二外科壕(糸洲第二外科壕跡)』の入口横から行ってみることにしました。
安里グスクの写真
小道の終点にあった森の入口。
小道を突き進んでいくと、その終点右側に1ヵ所だけ森の中へと続く獣道を発見したので、そちらへ入ってみることにしました。
安里グスクの写真
獣道沿いにあった石垣。
獣道を入って行くと、丘陵上へと道が続いており、その両側には石灰岩の石がゴロゴロ転がっていましたね。

戦前までは城壁が残っていたようなんですが、海岸埋め立て工事に使用するために取り壊されてしまったんだとか。。。

このゴロゴロ転がっていた石たちは、もしかすると、その城壁に使用されていた石の残りものなのかもしれませんね。
※あくまでワタクシの憶測なので、定かではありませんよ。
安里グスクの写真
丘陵中腹にあった古墓。
獣道をさらに上がっていくと、丘陵中腹あたりにガジュマルの木が立つ石積みを発見しました。

その石積みのある場所へ行くと、ガジュマルの木は石積みにではなく、石灰岩上に立っており、その石灰岩を囲うように石積みが作られていました。
安里グスクの写真
『大幸地門中拝所』・『松下 高江洲門中』と刻まれた2枚の石板が設けられた古墓。
以前の『仲間グスク』の記事中でご紹介した大きな古墓と同じような造りになっており、向かって左側には『大幸地門中拝所』・『松下 高江洲門中』と刻まれた2枚の石板が設置されていました。
安里グスクの写真
『松下 高江洲門中』(左)と『大幸地門中拝所』(右)と刻まれた2枚の石板。
また、向かって右側の方には石灰岩が少し窪んだ場所があったんですが、こちらも"拝所"っぽかったですね。
安里グスクの写真
石積みの右側にあった石灰岩の窪み。"拝所"っぽかったですね。
安里グスクの写真
石灰岩上に立つガジュマルの木。神々しい雰囲気を醸してました。
んで、この古墓の周辺を見回してみましたが、何も見当たらなかったので先程の小道へと戻りました。

小道に戻ると、南向けに伸びる幅が細くなった小道があったので、そちらの方へも行ってみることにしました。

すると、森の少し入った場所に石積みで造られたカー跡を発見。
古川ガーの写真
古川ガー。
その"カー跡"の前まで入っていくと、大小2基の香炉が置かれており、奥の方は石積みで囲われていました。

以前入手した糸満市の遺跡マップによると、こちらの"カー跡"は『古川ガー』という拝井泉なんだそうです。

穴の中をちょこっと覗いてみると、枯葉や土などが入っていて湧き水がまだ出ているのかは確認出来ませんでした。

この『古川ガー』を見学した後は、『陸軍病院第二外科壕』入口まで戻り、壕跡の横側からその上の方へ行ってみることにしました。

・・・とゆーのも、先述した糸満市の遺跡マップによると、この壕跡の上の方には『タカアザシー』と称される場所があるんだそうです。
安里グスクの写真
丘の頂上に付近にあった広場。周辺を調べてみたんですけど何もありませんでしたね。。。
壕跡の横側から上へと伸びる細い獣道らしき場所を上がっていくと、頂上付近に広場のような開けた場所がありました。

ほいで、"拝所"などが無いか周辺を調べてはみたんですが、何も見当たらなかったため、すぐに引き返しました。。。

壕跡の前の道路まで戻ると、今度はもう1つのグスク跡へ行ってみることにしたんですが、今回もちょっと長くなってしまいましたので、この辺で終わりにして、この続きはまた別の回にご紹介しますね。

それでは、この辺で。。。でわでわ☆★☆

最後まで読んで下さいまして、誠にありがとうございますm(_ _)m
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『糸洲集落内に点在する拝所

☆場所:〒901ー0342
      沖縄県糸満市糸洲

☆見 学:無料

☆駐車場:無し

※訪れる際は、くれぐれもマナーを守って、他の来訪者や地元の方々に迷惑をかけないよう、十分気を付けてくださいね。

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