ハイサぁ~イ⭐
今月(11月)の10日は、ヨメさんと一緒に午後から本島中部方面へ買い物に出かけてきたんですが、その際、以前喜舎場集落を訪れた時に足を運ぶことが出来なかった同集落北側にある丘陵にちょこっと立ち寄りました。
なんでも、この丘陵の森の中には舜天王統最後にして、第3代琉球国王とされる『義本王』の妃が眠ると伝わる墓所があるんだとか。。。
沖縄県中頭郡北中城村喜舎場にある
『王妃の墓(ウナサラウハカ)』☆
|
喜舎場集落北側の丘に位置する森の中にある『王妃の墓(ウナサラウハカ)』。
|
こちらは、北中城村喜舎場にある
『EMウェルネスリゾート コスタビスタ沖縄』の東側に位置する丘陵の森の中にあります。
|
『王妃の墓(ウナサラウハカ)』がある『コスタビスタ沖縄』隣の丘の遠景。 |
『王妃の墓(ウナサラウハカ)』へは、
『EMウェルネスリゾート コスタビスタ沖縄』さんの駐車場側と丘陵の北東側を走る道路側からの2ヵ所から向かうことができます。
んで、ヨメさんにはクルマん中でちょこっと待機しててもらい、丘陵の北東側を走る道路側から向かいました。
|
丘陵の北東側を走る道路沿いにある入口。 |
|
道路から石段を上がると、丘の上へと伸びる簡易的な階段状の小道があります。 |
北東側の道路沿いには、丘の上へと続く小道があり、そこから入っていくと・・・
|
道路から小道を入っていくと、大きな亀甲墓があり、その左側に獣道があります。 |
立派な亀甲墓の前に出るんですが、その左側に、さらに頂上へと向かう獣道がありますので、そこを上がっていきます。
|
丘の頂上。左前方が『王妃の墓』へと続く獣道の入口。右側には大きなタンクがあります。 |
すると、西側に大きなタンクがある広場に出るんですが、左前方にぽっかりと開いた獣道の入口があり、そこが『王妃の墓(ウナサラウハカ)』へ向かうことの出来る獣道の入口となります。
|
広場の西側にあるタンク。 |
森の中へ入る前に、広場西側にあるタンクの横をちょこっと見てみると、タンクの入口付近に少し開けた場所があり、その南側に3基の香炉が置かれていました。
|
タンクへ通ずる小橋の入口。左側奥に"拝所"らしき場所がありました。 |
|
タンク入口にあった拝所。香炉代わりのコンクリートブロックが3基置かれていました。 |
こちらの"拝所"については、ネット上に資料などがUPされていなかったため、名称や何が祀られているのかなどの詳細は分かりませんでした。。。
んで、こちらを後にし、さっそく森の中へと入っていきました。
|
頂上の入口から少し入ってきたところ。草木が繁茂しています。 |
森の中は、当然のごとく草木が繁茂していたんですが、定期的に人が出入りしているらしく、獣道周辺は草木が刈り取られており、思いのほか歩きやすくなっていましたね。
|
獣道沿いにあった石灰岩の穴。 |
入口から少し入っていくと、両側に草木が繁茂する琉球石灰岩がある場所に差し掛かるんですが、その両側の岩陰や根元にいくつかの"ガマ(洞窟)"がありました。
|
岩の根元にあった"ガマ"。 |
んで、その中に人の手が加えられた"ガマ"があり、洞口は石積みが設けられていて、その上に霊石らしき石が置かれていました。
|
獣道沿いにあった"拝所"らしき"ガマ"。 |
また、洞穴内部の様子をちょこっと伺うと、内部にも霊石らしき石が多数祀られており、どうやら"拝所"となっているようでした。
|
"ガマ"の内部にも霊石が納められていました。 |
この"拝所"らしき"ガマ"を後にし、さらに獣道の奥へと進んでいきます。
|
岩陰にあった古墓。 |
すると今度は、獣道から少し離れた場所にある岩陰に古墓がありました。
御墓の前は草木こそちょこっと繁茂していたものの、周辺よりは開けた感じになっており、定期的に人が拝みに訪れているような感じになっていました。
|
古墓のすぐ右側にあった土砂に埋もれた同口。 |
また、この古墓のすぐ右側に"ガマ"のような洞口があったんですが、こちらは土砂に埋もれてしまっていました。
土砂の上に草木が生えていたので、埋もれてからだいぶ時間が経過しているものと思われます。
この古墓を後にして獣道へ戻り、さらに奥へ進んでいきます。
|
獣道を下っている途中に、先程の古墓を見たところ。 |
先程の古墓があった場所からしばらく獣道を下って行くと、二手に分かれた分岐点に差し掛かり、そこを左折するとすぐ左側に木製の古い標柱が立てかけられた『王妃の墓(ウナサラウハカ)』がありました。
|
『王妃の墓(ウナサラウハカ)』の入口。左側は、今しがた下りて来た獣道。 |
標柱には『王妃御墓(ウナジャラウハカ)』とか『文化財 王妃御墓』と記されていました。
|
『王妃御墓(ウナジャラウハカ)』の入口。 |
『王妃の墓(ウナサラウハカ)』は、この入口から伸びる石段の先の岩陰にあったので、その手前まで行きます。
|
王妃の墓(ウナサラウハカ)。 |
北中城村の公式HP内にある
『王妃御墓(ウナサラウハカ)』のページによると・・・
≪王妃御墓(ウナサラウハカ)≫
≪喜舎場集落の北側丘陵の頂上付近にある。琉球石灰岩の岩陰を塞いで造られた墓である。
この墓は、舜天王統三代目、義本王(1206年~?)の妃の墓所と伝えられる。
|
墓口の前には1基の香炉が置かれていました。 |
義本王は、天災異変が相次いだことを理由に王位を英祖に譲って隠遁したとされ、国頭村辺戸で没したとも、仲順で没したともいわれる。
ここから、約150m東側にあるナスの御嶽に墓がある。
|
墓口に向かって左側。 |
しかし、この墓に葬られているという伝承もある。
『北中城村史』(1971年)には、義本王の直系の子孫である花崎家の口伝として墓内には天次王(義本王)、真鍋樽按司、西之按司加那志、桜尚の厨子が安置されているという。≫
・・・とありました。
※北中城村仲順にある『ナスの御嶽』。
|
墓口に向かって右側。 |
こちらも、周辺は草木がかなり繁茂しているんですが、定期的に草刈り清掃が行われているらしく、御墓の前は比較的綺麗な状態で、とても見学しやすかったですね。
|
『王妃の墓(ウナサラウハカ)』の前から西に伸びる獣道。今回、こちらは断念致しました。。。 |
この『王妃の墓(ウナサラウハカ)』を見学した後、再び獣道の分岐点まで戻ると、御墓の前から西向けに伸びる細い獣道を見つけたんですが、その先の様子を伺うと、草木がかなり繁茂していたので、今回はこの先へ行くのは断念しました。
んで、分岐点から下へと続く獣道の先へ向かいます。
|
岩陰にあった『花崎家』の墓。 |
『王妃の墓(ウナサラウハカ)』から少し下って行くと、開けた場所に辿り着き、その右側の岩陰に立派な御墓を発見しました。
御墓は2基あって、奥の立派な石垣に囲われた御墓には『花崎家中古之墓』と記された墓標
が立てられていました。
|
『花崎家中古之墓』。 |
どうやらこちらの御墓は、先程の北中城村の説明にあった"義本王の直系の子孫"にあたる『花崎家』の御墓となっているようですね。
墓口の前には3基の香炉が置かれており、こちらも定期的に"拝み"が行われているようでした。
|
『花崎家中古之墓』に隣接する古墓。 |
また、『花崎家中古之墓』の右側には石積みの古墓があり、その手前には香炉が1基置かれていて、こちらもまた"拝所"となっているようでした。
|
『花崎家』(写真左側)の御墓がある場所から少し下って振り向いたところ。右上に進むと『王妃の墓』へ。 |
この2基の御墓を後にし、獣道をさらにさらに下っていくと、ようやっと
『EMウェルネスリゾート コスタビスタ沖縄』に出ました。
|
『EMウェルネスリゾート コスタビスタ沖縄』の駐車場側の入口。 |
この『コスタビスタ沖縄』さんの駐車場側から進入した方が『王妃の墓(ウナサラウハカ)』へは近かったですね(笑)。
・・・と、ここまで見学した後は、今来た獣道を戻って北東側に駐車しているクルマまで戻り、この場を後にしました。
今回、北中城村の喜舎場集落内にある
『喜舎場公の墓』をはじめとする史跡を見学してきましたが、喜舎場集落の東側に隣接する同村仲順にも、いくつかの史跡が点在しているらしいので、今度はそちらを見学しに行ってみたいと思います。
少ぉ~し長くなってしまいましたが、そろそろこの辺で。。。でわでわ☆★☆
最後まで読んで下さいまして、誠にありがとうございますm(_ _)m
↓
宜しければブログランキングへ 御協力お願い致します。
☆『王妃の墓(ウナサラウハカ)』☆
☆場所:〒901ー2311
沖縄県中頭郡北中城村喜舎場1469
☆見 学:無料
☆駐車場:無し
※訪れる際は、くれぐれもマナーを守って、他の来訪者や地元の方々に迷惑をかけないよう、十分気を付けてくださいね。
この記事をシェアする