前川集落から西側に約100mのところに位置する『前川樋川と前川民間防空壕』☆|沖縄放浪日記

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2017年1月29日日曜日

前川集落から西側に約100mのところに位置する『前川樋川と前川民間防空壕』☆

ハイサぁ~イ⭐

今回は、前々回にご紹介した『前川樋川と前川防空壕』『前川樋川と前川民間防空壕』の続きです。

『前川樋川』と『雄樋川』沿いから入ってきた道の突き当りの間から、斜面の上の方へと伸びる小さな階段を発見し、そちらへ行ってみると、『蒙氏 上門門中之墓』と刻まれた石碑と岩壁に連なって存在する壕跡や立派なお墓がありました。

ただ、残念ながら、『蒙氏 上門門中之墓』について、ネットで検索をかけてみると、全くヒットが無かったので、『上門門中之墓』については何も分かりませんでした。。。(泣)

沖縄県南城市玉城前川にある

『前川樋川と前川防空壕』

蒙氏 上門門中之墓の写真
『蒙氏 上門門中之墓』と刻まれた石碑がある場所で一番立派なお墓
・・・ですが、こちらも岩壁に連なって存在しており、奥の一番立派なお墓のさらに先にも小さな壕が存在していたので、前回ご紹介した説明板に掲載されていた配置図に示された防空壕群の一部なのでしょうね。
蒙氏 上門門中之墓の写真
『蒙氏 上門門中之墓』と記された石碑と入口。
上の写真にある石碑から見た『上門門中之墓』
ワタクシがこの場所に入ってきたのは、冒頭にある一番立派なお墓の右側の林の中からで、石碑はその反対側に位置しています。

石碑側から入ってちょうど中間地点から、奥にある岩壁に埋め込まれたような古墓は、綺麗に整備されていましたが、手前側(石碑の右斜め前にある)の2つは壕口を塞いだだけになっていました。
下の写真左側の壕口には香炉の代わりにコンクリートブロックが置かれていましたが。。。
蒙氏 上門門中之墓の写真
石碑の斜め右側にある防空壕跡。左側の壕口には香炉の代わりにブロックが置かれていました。
蒙氏 上門門中之墓の写真
入口から入って、ちょうど中間地点にあった古墓
壕跡や古墓が連なって存在しているのは、推察するに、沖縄戦の最中にこの一帯の壕には、『上門門中』の方々が避難されていたのでしょう。。。

そして戦後、生存者やその遺族の方々が、この壕で亡くなられた身内の方々を弔うために壕を利用して御墓を築造されたのでしょうね。。。。
※あくまでワタクシ個人の推察なので、もし間違えていましたら、FacebookやG+などにてご一報くださいませm(_ _)m
蒙氏 上門門中之墓の写真
『上門門中之墓』がある場所のちょうど中間地点から奥側を見たところ。
蒙氏 上門門中之墓の写真
中間地点と一番奥の大きな御墓の間にあった御墓
蒙氏 上門門中之墓の写真
『蒙氏 上門門中之墓』の中で、一番立派なお墓
一番奥にある御墓は、前庭部分が石垣で囲われた造りになっており、とても立派でしたね。

この一番奥の御墓の先にあった林の中へと続く小道沿いの岩壁にも、小さな壕口が連なっていました。。。

小道の先へは行かなかったので、奥の壕がどのような状態になっているのかは分かりませんでしたが、こちらの壕口は、すべて塞がれているようでしたね。。。
前川民間防空壕の写真
『蒙氏 上門門中之墓』一番奥の御墓の先にあった防空壕群
・・・と、『蒙氏 上門門中之墓』を見学させて頂いた後で、再び『前川樋川』の前まで戻りました。
前川民間防空壕の写真
『蒙氏 上門門中之墓』から『前川樋川』の前に戻ってきた場所から見た防空壕群のある斜面
『前川樋川』の前に戻り、そこからクルマを駐車してある遊歩道入口へと向かいました。

遊歩道入口の説明板に掲載されていた配置図によると、この遊歩道入口とは別に、もう一ヵ所、入口があるようです。

そこは、この入口から西側へと伸びる未舗装の道を行った先にあるとのこと。。。

なので、今度はそちらへ行ってみることにしました。
前川樋川と前川民間防空壕の写真
もう一つの遊歩道入口。
すると、道は行き止まりになっており、その突き当りの右側に遊歩道入口がありました。
前川樋川と前川民間防空壕の写真
もう一つの遊歩道
前川樋川と前川民間防空壕の遊歩道の写真
遊歩道の先は、階段になっていて途中でUターンするような形で下の方へ続いていました。
遊歩道を入って行くと、途中から階段になっており、その先でUターンするような形で、下の方まで続いていました。

その階段の途中、Uターンしているところから、右側奥へと小道が伸びていたので、そちらへ行ってみると・・・
前川樋川と前川民間防空壕の遊歩道の写真
階段がUターンするようなカタチで左に折れてるところの右側にも未舗装の小道がありました。
前川民間防空壕の写真
突き出た岩の下にも防空壕跡が点在してました。
突き出た岩の下にも防空壕跡が連なって点在していましたね。

どうやらこの小道は、以前ご紹介した記事の防空壕跡がある場所と繋がっているようでした。
この写真の場所から小道の先を見ると、藪が険しくて、それ以上進むことはムリっぽかったですが。。。
前川民間防空壕の写真
奥の防空壕跡。左側は石が積まれて塞がれていました。
雑草で見えにくいんですが、小さな壕口がありました。
んで、こちらの壕は、奥から2番目と3番目が内部で繋がっているようで、外から中の様子を伺ってみると、少し明るかったですね。

この3つの壕跡を見学した後で、遊歩道へと戻り、さらに下の方へと進みます。
前川民間防空壕の写真
遊歩道の先にはコンクリート製の枠で囲われた御墓がありました。
遊歩道の先には、コンクリート製の大きな枠で岩ごと囲われた御墓がありました。

そして、御墓の手前の岩陰と、御墓を通過した先の岩壁にも防空壕跡が点在していました。
前川民間防空壕の写真
コンクリート枠で囲われた御墓と防空壕跡(写真左側の岩陰)
前川民間防空壕の写真
防空壕跡
前川民間防空壕の写真
コンクリート枠で岩ごと囲われた2基の御墓
コンクリート枠で囲われた御墓を通過した先の岩壁の根元には、防空壕跡が3ヵ所あり、一番奥の石積みが施された壕口には香炉が1基置かれてました。
前川民間防空壕の写真
御墓の先にあった防空壕跡。
前川民間防空壕の写真
岩壁に向かって左側の壕跡。石で塞がれていました。
前川民間防空壕の写真
一番奥にあった防空壕跡。入口が石積みで塞がれており、手前に香炉が1基置かれていました。
この3つの防空壕跡がある場所から、さらに奥にも壕跡がありそうな感じがしましたが、草木が生い茂っており、それ以上進むことは断念致しました。。。

・・・と、ここまで見学させて頂いた後、クルマへ戻り、こちらを後にしたんですが、説明板の見取り図に、この近くに『ガンヤー跡』という史跡があるとのことだったので、最後にそちらを見学してから帰ることにしました。
ガンヤー跡の写真
『ガンヤー跡』
説明板の見取り図には『ガンカー跡』と記載されていましたが、現地に到着して、石碑に記されてる漢字を見てみると、どうやら『ガンヤー跡(龕屋之跡)』が正しいようですね(笑)


『ガンヤー(龕屋)』の『龕(ガン)』とは、お葬式の際に、棺を御墓まで運ぶための輿のことです。

そして、『龕(ガン)』に『屋』が付いているので、輿を保管するための建物を指します。

なので、こちらには、その『龕』を保管するための建物があったのでしょうね。

現在は、ご覧の通り『史跡 龕屋之跡』と記された石碑と香炉が1基置かれているのみとなっていました。

この『ガンヤー跡(龕屋之跡)』まで見学した後、陽も落ちて、だんだん暗くなってきたので、そのまま家路につきました。

2回に渡ってご紹介した『前川樋川と前川民間防空壕』は、大人気観光スポット『おきなわワールド』や『ガンガラーの谷』からとても近い距離に位置しているので(『玉泉洞前』というバス停から県道17号線を同市大里稲嶺向けに約610mほど進んだところにある脇道を左折)、もし興味がある方は、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか?

それでは、そろそろこの辺で。。。でわでわ☆★☆

最後まで読んでくださって、ありがとうございますm(_ _)m
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☆『前川樋川と前川民間防空壕』

☆場所:〒901-1400
      沖縄県南城市玉城前川

☆見 学:無料

☆駐車場:あり

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