糸数集落の飲料水として重宝された樋川と前川古島時代のものと伝わる泉☆|沖縄放浪日記

2017年8月22日火曜日

糸数集落の飲料水として重宝された樋川と前川古島時代のものと伝わる泉☆

ハイサぁ~イ⭐

この前、南城市玉城船越にある『船越グスク跡』とその周辺にある『船越の拝所群』等を見学した後、この日最後にお隣の同市玉城糸数にある樋川と泉を見学しに向かいました。

沖縄県南城市玉城糸数にある

『糸数樋川とカマンカジ』

糸数樋川とカマンカジの写真
現在も豊富な水をたたえ、農業用水として活用されている『カマンカジ』。
こちらは、南城市の県道48号線17号線がぶつかる『稲嶺(南)』の交差点から、県道48号線を同市玉城向けに進み、約2.9㎞ほどの距離にある『糸数入口』の交差点を左折、そして約330mほどの距離にある十字路をまた左折し、約20mほど進むと左側に2つの井泉に続く遊歩道の入口があります。
糸数樋川とカマンカジの写真
『糸数樋川』と『カマンカジ』の入口。
遊歩道入口のすぐ隣に小さな空き地があったので、ちょこぉ~っとそちらにクルマを停めさせて頂き、すぐさま見学へと向かいました。

『糸数樋川とカマンカジ』へ向かう前に、遊歩道入口近くにある石獅子を見学。
石獅子(カンザーヤー出口)の写真
石獅子(カンザーヤー出口)。
石獅子の前には標柱が立てられており、『カンザーヤー出口』と表記されていました。

あとで"カンザーヤー"についてネットでいろいろ調べてみたんですが、何も出てきませんでした。。。
石獅子(カンザーヤー出口)の写真
正面から見た『石獅子』
この『石獅子』については、糸数集落を囲うように4体が設置されているらしく、かつて糸数集落では赤子の死亡率が異常に高く、風水師によるとその原因は集落内にヤナムン(悪霊)が入ってきているからとのことだったそうです。
石獅子(カンザーヤー出口)の写真
真横から見た『石獅子』。おしりの尻尾が可愛らしいですね。
そして、糸数の石大工が、石獅子を4体制作し、集落を囲うように配置したところ、赤子の死亡率は減少していったのだそうですよ。

ちなみに、この『石獅子』は、南の方角を向いています。

今回は、『糸数樋川とカマンカジ』を見学することが目的で訪れたので、この1体しか見学しませんでしたが、いずれまた再訪して残りの3体も見学したいですね。

『石獅子』にご挨拶を済ませた後、さっそく『糸数樋川とカマンカジ』へ向かうことに。。。
糸数樋川とカマンカジの写真
説明板。
まずは、遊歩道入口に設置されていた説明を読んでみると・・・

≪糸数樋川とカマンカジ≫
≪『糸数樋川(別名:男(いきが)ガー・太陽(てぃだ)ガー)』

昔の樋川は、琉球石灰岩の野面石(自然石)で井泉の形を作っていたが、1894年(明治27年)に今の形に整えられた。

上水道が整備されるまでは、糸数集落の飲料水として重宝され、桶を肩に急斜面を1日に2~3回上り下りして水を汲み、最後に水浴びをしてから帰路につくのが習わしであった。
糸数樋川とカマンカジの写真
遊歩道は定期的に草刈りが行われているらしく、とても歩きやすかったですよ。
樋川からあふれ出る水は船越、前川周辺の田畑を潤していた。

明治37~38年、沖縄で7ヶ月干ばつが続いたとき、島尻郡のほとんどの泉が枯渇した時には各方面から馬車で水を汲みに来るほどの水量を誇っていた。

『カマンカジ(別名:女(いなぐ)ガー・お月(うちち)ガー)』

カマンカジの築造年代は、はっきりとした伝承がなく不明であるが、現在の泉の右手斜め上に、水源を探した穴が掘られた跡があることから前川古島時代のものと云われている。
糸数樋川とカマンカジの写真
遊歩道を進んでいくと、その先の石段の下に『カマンカジ』が見えました。
そのことから1730年頃に現在の形になったのではないかと推測されている。

湧水は樋川より水量が多く、山川道(上田原)近くまで用水路によって導かれ苗代田を潤していた。

昔は樋川同様、飲料水として利用されていたが現在は農業用水として活用されている。≫
・・・とありました。

説明を読んで、遊歩道を下りていくと、下の方から水の流れる音が次第に聞こえてきて、遊歩道の終点の石段下に『糸数樋川』ではなく『カマンカジ』が現われました。
カマンカジの写真
カマンカジ
Googleマップで場所を確認した際、『糸数樋川』のポイントが東側、『カマンカジ』のポイントが西側に打たれていたので、『糸数樋川』が手前にあるものと思っていたんですが、『糸数樋川』の方が『カマンカジ』よりも奥(西側)にあるんですね。
カマンカジの写真
水源はコンクリートブロックで造られており、鉄格子の扉が設置されていました。
カマンカジの写真
コンクリートブロックの建造物と石垣の間にも四角形の穴があり、内部で繋がっているようでした。
『カマンカジ』は、ご覧の通りコンクリートブロックで造られており、その後方には綺麗な石垣が泉を囲う形で造られていました。

また、説明にもあったように、現在も水量は豊富らしく、水の流れる音が結構大きかったですね。
カマンカジの写真
正面から見た『カマンカジ』。
カマンカジの写真
『カマンカジ』の前方にはポンプ小屋と貯水槽が設置されており、水管が四方に張り巡らされていました。
こちらにも『カマンカジ』の説明板が設置されていましたが、遊歩道入口の説明と同じでしたので、こちらの説明は割愛させて頂きます。
カマンカジの写真
『カマンカジ』の横に設置されていた説明板。
『カマンカジ』を見学した後、説明板の横の遊歩道へと進みました。
糸数樋川とカマンカジの写真
『糸数樋川』へと続く遊歩道。
遊歩道を進んでいくと、途中までは草刈りが行われていてとても歩きやすかったんですが、その先からは雑草が生い茂っており、ほぼ手付かずの状態でちょっと歩きにくかったですね。。。
糸数樋川とカマンカジの写真
『カマンカジ』と『糸数樋川』の間の遊歩道。
遊歩道をしばらく歩いていくと、『糸数樋川』と表記された小さな案内板が立てられた分岐点に差し掛かりました。
糸数樋川とカマンカジの写真
『糸数樋川』の案内板が立てられている分岐点。直進すると糸数集落に出ます。
遊歩道を直進すると、糸数集落に戻るだけだったので、分岐点に戻り、下の方へ向かいます。
糸数樋川とカマンカジの写真
『糸数樋川』へ続く石畳道。
こちらの石畳道は、古くから残っているようで、石が乱雑に敷き詰められており、見た目以上に凸凹でちょっと歩きにくかったですね。
糸数樋川の写真
繁茂する雑草の中に『糸数樋川』がありました。
注意しながら下りていくと、また水の流れる音が聞こえてきて、その先に『糸数樋川』が現われました。
糸数樋川の写真
糸数樋川
こちらは、貯水槽がそのまま水源の手前に設けられており、貯水槽の上にポンプが設置されていました。

また、『カマンカジ』同様に、こちらも今でも水を豊富にたたえていましたね。
糸数樋川の写真
貯水槽の後方にあるコンクリート製の古い囲い。
貯水槽と説明板の間から小さな獣道があったので、そちらの方へ行ってみると、貯水槽の後方に雑草に囲まれた古いコンクリート製の囲いがありました。

こちらの説明も、遊歩道の入口の説明と同じ内容が記されていたので、割愛させて頂きます。
糸数樋川の写真
『糸数樋川』の説明板。
また、樋川の前の遊歩道は、さらに西へと伸びていたんですが、予定していた撤収時間が差し迫ってきてたので、今回はそちらへは向かわず、今来た道を引き返すことにしました。

最初の遊歩道入口まで戻り、もう一度説明板を見てみると、説明と一緒に表記されていたマップによると、この近くに『チネンガー』と呼ばれる場所があるとのことなので、最後にそちらへ行ってみることにしました。
チネンガーの写真
『南城市玉城構造改善センター』横の拝所。
『糸数樋川とカマンカジ』の遊歩道入口から表通りに出て、向かい側にある『南城市玉城構造改善センター』横まで行くと、ガジュマルの木の根元に四角形のコンクリートブロック(?)が置かれた拝所がありました。
チネンガーの写真
『チネンガー』と思われる"拝所"。
説明板のマップに記されていた位置は、ちょうどこちらになると思われるので、こちらの"拝所"が『チネンガー』と思われます。

また、念のためこの周辺をちょこっと調べてみたんですが、"拝所"はこちらだけでしたね。

・・・と、ここまで見学した後は、そのままクルマへと戻り、この日はこのまま帰宅の途に就きました。

南城市内には、"グスク"をはじめとする拝所やカー跡、戦跡など多くの史跡が、まだまだ残っているので、これからもちょくちょく足を運びたいと思います。

ちょっと長くなってしまいましたが、そろそろこの辺で。。。でわでわ☆★☆

最後まで読んで下さいまして、誠にありがとうございますm(_ _)m
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『糸数樋川とカマンカジ

☆場所:〒901-1400
      沖縄県南城市玉城糸数168

☆お問合せ:098-946-8990(南城市役所 大里庁舎 文化課)

☆見 学:無料

☆駐車場:無し