沖縄戦の最中、約1千人の字民が避難していた読谷村波平の洞窟☆|沖縄放浪日記

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2017年2月12日日曜日

沖縄戦の最中、約1千人の字民が避難していた読谷村波平の洞窟☆

ハイサぁ~イ⭐

昨年(2016年)の9月20日、メチャクチャ天気が良かったんで、沖縄本島中部にある読谷村までちょっとドライブに行って来たんですよ。

んで、その道中、以前から一度は訪れてみたかった戦跡を訪ねました。

こちらは、沖縄戦の最中、読谷村波平の字民約1千人が避難されていた『ガマ(自然洞穴)』なんだそうで、奇跡的に全員助かったんだそうです。

沖縄県中頭郡読谷村波平にある

『シムクガマ』

シムクガマの写真
鬱蒼と生い茂った森の奥にひっそりとありました。
こちらは、ちょっと分かりにくい場所にあるんですが、まず読谷村の県道12号線6号線がぶつかる『高志保』の交差点から、県道12号線を同村上地向けに進み、約440mほど進んところ右側にある脇道へ右折します。

右折して、またすぐに右折し、道なりに約270mほど進んだところの三叉路を左折。

そして、また1つめの左側にある脇道を左折し、道なりにそのまま直進していくと、その突き当りの細い小道の右奥にあります。
シムクガマの写真
左奥の森の中に『シムクガマ』があります。
この日、こちらに到着したのは、夕方の4時くらい。。。

『シムクガマ』へ続く小道の入口にクルマを停め、さっそく徒歩で向かいました。
シムクガマの入口の写真
『シムクガマ』入口
小道は、両側が鬱蒼と生い茂った草木に覆われており、草刈りなどの清掃・整備があまり行き届いていないという印象でしたね。。。
シムクガマの小道の写真
『シムクガマ』へと続く小道の途中
しばらく歩いていくと、森の入口に差し掛かります。

すると、その途中にあった1本の木に注意書きが立て掛けられていました。
シムクガマの森の入口の写真
『シムクガマ』の森の入口
シムクガマの小道に立て掛けられていた看板の写真
『シムクガマ』へと続く小道の途中に立て掛けられていた注意書き。
注意書きには、『●雨天の際は増水するおそれがありますので、天候確認を十分に行って下さい。 ●草むら付近ではハブ等に注意して下さい。 ●ゴミ等は捨てないで下さい。』とありました。

こちらを訪れたのは、昨年9月で、まだまだ陽射しが強く、とても暑い夏の日・・・

しかも、『シムクガマ』は、小川が流れているため、水辺付近はハブが住み着くには最適の場所なので、十分に気を付けなければいけません。。。

この立て看板を通り過ぎ、さらに森の奥へと入っていきます。
シムクガマの小道の写真
奥へ進むにつれ、道は少し険しくなります。
シムクガマの小道の写真
小道を突き進んでいくと、小川の流れる音が聞こえてきます。
先程の小道よりも、さらに道幅が狭くなった森の小道を突き進んでいくと、小川の流れる音が聞こえてきます。

小川の音が聞こえてくると、『シムクガマ』はもうすぐ目の前です。
シムクガマの写真
森の小道から見た『シムクガマ』
草木をかき分けるように突き進むと、小道の先にぽっかりと開いた鍾乳洞の洞穴が見えてきます。

この鍾乳洞が『シムクガマ』になります。

正確には、実は『シムクガマ』は2ヵ所あり、こちらはそのうちの1つ『イリシムク』になります。
※もう一方は『アガリシムク』と呼ばれています。

先程の小川は森の方から『シムクガマ』の奥へと流れていましたね。
シムクガマ全景の写真
『イリシムク』全景
到着すると、思っていた以上に洞口が広く、また内部も意外と綺麗な状態が保たれていました。

また、内部のほぼ中央に位置する場所には石碑も建立されていました。

ちなみに、ガマの名前の由来は、『シム』は『下』を意味し、『ク』は『向く』という意味で、谷の下に位置していることから、この名が付いたんだそうです。
シムクガマの内部の写真
『シムクガマ』入口から内部真正面を見たところ。『救命洞窟之碑』が建立されています。
シムクガマの内部の写真
『シムクガマ』内部右側。奥の方へと小川が流れています。
まずは、内部にある石碑に刻まれた碑文を読んでみることに・・・

≪救命洞窟之碑≫
≪第二次世界大戦、沖縄上陸戦当時(一九四五年四月一日)、波平区民約一、〇〇〇人の命がハワイ帰りの故・比嘉平治氏、比嘉平三氏によって救われたシムクガマである。

終戦五十周年を記念し建立す。
一九九五年四月一日 波平公民館≫
・・・と記されていました。
救命洞窟之碑の写真
救命洞窟之碑
また、読谷村公式HP内にある『読谷村の戦跡めぐり』『読谷村の戦跡めぐりマップ』にある『シムクガマ』の説明によると・・・

≪⑧シムクガマ≫
≪シムクガマは波平又川原(マタガーバル)に洞口を開いた天然の鍾乳洞です。

その所在を分かりやすく言いますと、アメリカ軍楚辺通信所(俗称・像の檻)の北隣りの低地にあり、資料によりますと、「洞口はアガリシムクとイリシムクの二つあり、総延長2,573メートル」とあります。
シムクガマの内部の写真
洞口から向かって左側内部の様子。
1945年(昭和20)3月、アメリカ軍の空襲は日を追って激しくなり、やがて艦砲射撃も始まるようになりますと、波平では約1千人の字民がこの洞窟に避難するようになりました。

やがてアメリカ軍の沖縄本島上陸の日、激しい砲爆撃の後、アメリカ軍は読谷山村の西海岸から怒涛のような勢いで進撃してきて、洗車をともなったその一部は、シムクガマに迫って来ました。

アメリカ兵が銃を構えて洞窟入口に向かってきますと、人々は恐怖の余りうろたえ、洞窟内は大混乱に陥りました。
シムクガマの内部の写真
少し分かりにくいですが、『救命洞窟之碑』に向かって左奥に香炉が1基置かれていました。
シムクガマの拝所の写真
1基の香炉とその周りに霊石が並べて置かれた拝所
いよいよ殺されるのだと、洞窟の奥へ逃げ込もうとしますが、足の踏み場もありません。

その時、ハワイからの帰国者、比嘉平治(屋号蒲恩納・当時72歳)と比嘉平三(屋号恩納・当時63歳)の2人が、「アメリカーガー、チュォクルサンドー(アメリカ人は人を殺さないよ)」と、騒ぐ避難者たちをなだめ説得して、ついに投降へと導き、1千人前後の避難民の命が助かったということです。(「救命洞窟之碑」建立記念パンフレット参照。)

この事実に基づいて波平では、命を救った二人の先輩に感謝の意をこめて洞窟内に記念碑を建立してあります。≫
・・・とありました。
シムクガマの内部の写真
『シムクガマ』内部を流れる小川の奥の様子。
こちらの『シムクガマ』に避難された人々は、ハワイから帰国したお二人によって救われたんですね。。。

また、説明文は、続きがあるのですが、冒頭でも少しお話したように、『シムクガマ』は『アガリシムク』と『イリシムク』の2ヵ所あり、説明はその『アガリシムク』について書かれています。

≪シムクガマに向かうあぜ道の途中から東に向かい、雑草の中を踏み越えて行くと細長いアガリシムクガマの入り口が竹藪の向こうに見えてきます。

中には約60人ほどが避難していたと言います。

シムクに避難していた人々がガマを出てあと、アガリシムクの人々にも出てくるようにとの声がかかり、全員無事にガマを出ました。

現在も、当時の人々が使っていた陶器類の破片が散らばっています。
シムクガマ内部から外を見たところの写真
『シムクガマ(イリシムク)』内部から外を見たところ。
キジムナーガマは、底から竹が茂っており、普段横を通っても、そこがかつての避難壕であったとは全く感じさせないところです。

5、6世帯の人々が避難していたそうです。

シムクガマに避難していた人々がアメリカ兵に引っ張られていったと聞いて驚き、あわてて山原へ避難しようとしましたが、途中親志あたりで亡くなった人もいました。≫
・・・とありました。
シムクガマの小川の写真
現在も綺麗な水が流れています。
以前、こちらを訪れた際、『アガリシムクガマ』も見学してみたいと思い、進入路を探したんですけど、時間も無かったため、この時は断念せざるを得ませんでした。。。

・・・なので、『アガリシムクガマ』へは、また時間を設けて、再訪したいと思います。
もし『キジムナーガマ』を発見することができれば、そちらも同時に訪れてみたいですね。


一昨年(2015年)の7月に同じ波平区にある『チビチリガマ』にも見学に訪れたことがあるんですが、そちらでは、凄惨な悲劇が起こってしまいました。。。

しかし、直線距離にしてわずか約1㎞ほどしか離れていない、ここ『シムクガマ』では、避難していた1千人前後の人々が助かっております。。。

もし、『チビチリガマ』に避難していた人達の中に、『シムクガマ』に避難していたお二人の比嘉さんのような方がいたら、悲劇は起こらなかったのでは、、、と思うと、とても残念な気持ちで胸がいっぱいになりますね。。。

ちなみに、『チビチリガマ』からわずか50mほどの距離にある『イングェーガマ』に避難していた約30人も、米軍の呼びかけに応じてガマから出てきて、助かったんだそうですよ。
シムクガマの森の写真
『シムクガマ』近くの村道から見た『シムクガマ』の森。。。
『チビチリガマ』を訪れた際もそうでしたが、私達は、上記のような戦史を決して忘れずに、後世へと語り継いでいかなければいけないと改めて思いました。

少し長くなってしまいましたが、そろそろこの辺で。。。でわでわ☆★☆

最後まで読んでくださって、ありがとうございますm(_ _)m
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☆『シムクガマ』

☆場所:〒904-0322
      沖縄県中頭郡読谷村波平438

☆見 学:無料

☆駐車場:無し

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